• 上総國一之宮 玉前神社

【読み物】「玉依姫命のご神徳にはとても温かいものを感じるんです。」玉前神社 伊藤神職インタビュー②

最終更新: 2019年5月4日


玉前神社の伊藤神職にお話を伺うスペシャルコンテンツ(全五回)の今回は二回目となります。前回は神職になったきっかけ、初めてお勤めになった神社についてお話を頂戴しました。今回は玉前神社の印象や古事記神話における神々についてお話を伺います。


※前回(第一話)の記事


稚児行列の稚児たちにお祓いを行う伊藤神職

玉前神社の女性参拝者の多さに、最初はとても驚きました

ー他にも驚かれたことはありましたか。


玉前神社の前に務めていた神社の風習で「お護摩」があったことですね。(笑)神仏習合の影響で、現在は神社として存立しているところでも「お寺」の時代を有するところもあります。この神社もその一つで、元は天台宗のお寺でしたから、その名残でしょうか。現在でも地域の人々にとって「ご祈祷」=「お護摩」という認識のようです。


ーそれは驚かれましたね。その後に玉前神社に来られたとのことですが、玉前神社の第一印象はいかがでしたか。


色々な意味で玉前神社は「(旧)官社」※1と思いました。神職をスタートした神社が旧官社でしたが、さきほどの神社は「(旧)民社」※2で15年と長く在籍したことから、余計にそう感じたのかもしれませんね。氏子さんも「一之宮」という社格ということもあり、良い意味で一線を引いておられて、崇敬のあり方をよくご理解されているなと感じました。どちらが良いということではありませんが、神職から見た神社という存在も様々ですね。


※1「官社」

明治維新以降、『延喜式』に倣って、新たに神社を等級化した制度。戦後に廃止されたが、現代でも「旧社格」などの名称で神社の格を表す目安とされる。官社は神祇官が祀る官幣社と、地方官(国司)が祀る国幣社からなる。それぞれに大・中・小の格がある。


※2「民社」

府県社・郷社・村社に分類され、府県社は府・県・台湾の州・台湾・北海道・樺太の庁から奉幣を受け、郷社は府県・郡または市から、村社は市町村から奉幣を受けた。現在は官社・民社の区別はない。

拝殿にて栗原宮司と。

ー玉前神社は旧国幣中社、現在では別表神社という位置づけですね。


はい、そうですね。ただ、東京都内などにある同様の神社さんと比べて、それほどカッチリとした感じではないと思います。由緒ある神社を町の人と一緒に守ってきた雰囲気を感じます。


ー参拝者の方からよく伺うのが、『玉前さまは、やさしい感じで心が落ち着く』というお声がありますが、その辺りも影響しているのでしょうか。


はい。ご祭神が「玉依姫命」という女性の神様ということが影響しているかと思います。私自身もそのご神徳に触れる機会も多いのですが、姉の豊玉姫命の御子を育てられたということから、慈悲深いというか、とても温かいものを感じます。その影響からか、とにかく女性の参拝者が多いことに最初はびっくりしましたね。



「玉依姫命」(タマヨリヒメノミコト)肖像画

日本の神様はとても人間的だと思います。

ーなるほど。では、神職という立場から「神」という存在についてお聞きしたいのですが。


縄文時代の終わりに稲作が日本に伝わりましたが、当時は灌漑技術も未発達のため、収穫も自然環境に左右されることも多かったことでしょう。神様に対して豊作を願う春の「祈年祭」や秋には無事に収穫出来たことに感謝する「新嘗祭」においても分かるように、人々は神様を通して自然を崇拝する意識が強かった。それは採集・狩猟時代においても同様で、取れたものは先ず神様にお供えしてから、みんなで分かち合ったのでしょう。要するに神様によって生かされているという意識が、現代よりずっと強かったのではないでしょうか。


ーそうですね。「収穫祭」という概念は他の宗教でも散見されますよね。


稲作に適する観点からすると、現在より日本の国土は更に狭かった訳ですが、四季もあり比較的温暖な気候環境で大陸より収穫も安定していたと思います。その結果、食料としての収穫物も、略奪よりも分かち合う風習が生まれて、それが日本人の気質を形成したのではないかと思います。


ー古事記や日本書紀での神話における神様について聞かせてください。好きな神様を教えてもらえますか。


最初にお世話になった神社のご祭神が「伊邪那岐」だったということもあり、「国産み」の話はとても興味がありましたので「伊邪那岐・伊邪那美」という夫婦神は好きな神様ですね。そもそも、神話では八百万(やおおろず)と表現するくらい日本の神様はたくさん存在してますが、キリストやアッラーと違い、唯一神・絶対神・この世の創造主ではないんですね。一神教の世界では先ず神様が存在し世界を創る訳ですが、古事記神話では今で言う「ビッグバン」のようなものが先にあって、諸説ありますが「先ず世界ありき」というところが明らかに違うと思うんです。


ー「国産み」のところは確かに読んでいて面白いところですね


「伊邪那岐・伊邪那美」は国産みでやり直しになりますよね。女性である伊邪那美から『国産みしましょうよ』と声をかけたことで(笑)。その後、更に偉い神様に教えを請うて、成功するのですが、そんなところはとても人間的だと感じますね。あのスサノオもかなり無茶をするところがあられましたし。男女の神様の関係も夫唱婦随的な描かれ方をしていますが、それは男尊女卑とかではなく、何か事を成す時は必ず共同作業で行う事が多いと思います。


ーかえって、現在より「男女平等」な感じがしますね(笑)


そうですね。そもそも男尊女卑という風習が形成されたのは江戸時代からで、朱子学の影響ではないでしょうか。ご存知の通り、平安時代の結婚のスタイルも「通い婚」ですし、家庭の基盤は女性側にありましたよね。戦国時代までは女性にも相続権がありましたしね。



※聞き手:エモーションクリエイターズ 金子明彦(神社広報担当) 

※次回は古事記神話と祝詞(のりと)についてお話を伺います。


※次回(第三話)の記事

※前回(第一話)の記事

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