• 上総國一之宮 玉前神社

【読み物】「古事記にはあるべき人間の姿がある」玉前神社 伊藤神職インタビュー③

最終更新: 2019年5月4日


玉前神社の伊藤神職にお話を伺うスペシャルコンテンツ(全五回)の今回は三回目となります。今回は古事記神話の続きと祝詞についてお話を伺います。


※インタビュー第一話

※インタビュー第二話


参集殿内においてお話をされる伊藤神職

「古事記」や「日本書紀」の編纂は中央集権国家確立のためであったかもしれませんね。

ー須佐之男(スサノオ)といえば天照大神(アマテラス)との「誓約(うけい)」※1のところが思い出されますね。


そうですね。とても印象的なところですね。私の解釈としては「相手を騙すことは意味をなさない、相手に邪念をもっては良い結果は得られない」ということだと思います。英語で言えば相手を「respect(リスペクト)しなさい」という因果応報的なことでしょうか。


ーそれ、よく分かりますね。「美辞麗句を立て板に水」の如く話す人がいて、何となく信じられない時がある一方、デメリットやリスクも織り交ぜて真実を淡々と話す人の方が信頼できる場合があります。


神話ではありますが、古事記には現代の日常生活を送る際に役立つ内容が含まれています。先程、私は神話の神々たちは人間的と言いましたが、古事記の編纂を命じた天武天皇※2は、その中で「あるべき人間の姿」を説いていると思うんです。また、それは「日本」という国作りにも必要なことであったのではないでしょうか。


※1「誓約」

アマテラスとスサノオの誓約(アマテラスとスサノオのうけい)とは、『古事記』や『日本書紀』に記されるアマテラスとスサノオが行った誓約(占い)のこと。母、イザナミに会うことを話にきたスサノオと、その行動を邪推したアマテラスとの間で、お互いの持ち物を交換し、神を生むことでお互いの真意をうかがい占った。


※2「天武天皇」

7世紀後半の日本の第40代天皇。中大兄皇子こと天智天皇の弟。兄の天智天皇は崩御する際、息子の大友皇子を次の天皇にする決断を下します。これに命の危険を感じた天武天皇は出家して吉野に移り、その6ヵ月後に美濃(現在の岐阜県)で挙兵し、大友皇子の軍と戦って勝利して即位しました。(壬申の乱)



天武帝御影(大和国矢田山金剛寺蔵)、天武天皇像

ー天武天皇と言えば、歴代の天皇の中でも権威と権力の両方を手中にした数少ない一人と言われていますが、古事記作成の意図はなんだったのでしょうか。


そうですね。もとは天武天皇が壬申の乱を経て、即位されたというバックグラウンドがあるのかもしれません。詳しいことは学者さんにお任せしますが、壬申の乱の遠因としては朝鮮半島や大陸の脅威がそこにあったと言われています。

663年、日本は白村江の戦いで唐・新羅連合軍に敗北し、防衛という観点から早急なる中央集権的国家の形成が必要であった。そして、そのためには既得権益層としての有力豪族とそれに結びついた皇室勢力の排除が必要であったためと言われています。



神話は現代日本人の魂に深く根ざしていると思います。

ー親政を敷かねばならぬ程、国土防衛が切迫した状況だったのですね。


そのような状況の中で天武天皇が即位して行われた「古事記」「日本書紀」の編纂目的の一つとして、日本国民としての「民(たみ)」に対して、天皇のルーツの正統性や道徳・行動規範といった精神性を伴ったものを示し、浸透させたかったのではないでしょうか。整然たる漢文で記されている「日本書紀」は「日本」という国を正式に外国へアピールするため、「古事記」はストーリー性重視や文体も読み易くすることで、国内での普及を狙ったものかもしれませんね。



ー明治維新や、今日にも通ずる状況であると感じます。


はい。日本という国では、所謂「国難」と呼ばれる時期には力のあるリーダーが出現する歴史がありました。当時は一般には秘匿されていた事実もあって、後から明らかになることもありますが、そういった資料を目にすると、昭和の優れた宰相たちも、国民や反対勢力から相当なバッシングを受けながらも、国家の存続や繁栄のために命を賭けて仕事をしていたことが分かります。

そして、個人的には古事記や日本書紀などの神話は、そのような日本人精神の深部に影響を与えているのではないかと思います。ですので、まだお読みになって無い方は是非とも一度目を通しておかれることをお勧めいたします。そして来年5月には改元となりますが、日本人として子孫のためにも「良い国」を残して行かねばなりません。話が飛躍してしまってすみません(笑)


ーいえいえ、仰る通りです。

拝殿。天井板も美しい赤と黒の漆塗り。

祝詞を書く時は心を「無」にして行います。写経の時の感覚に近いかもしれません。

ーここからは、神職として最重要書類である「祝詞」についてお話を聞かせてください。


はい。祝詞とは原則的に「神様に奏上するもの」ということはご存知かと思います。神職は祭事の際に都度、その内容に合わせて祝詞を「作文」いたします。ただ、内容は一緒でも表現・言葉遣いなどは神職によって異なります。出来るだけ簡潔にする方もいらっしゃいますし、逆に詳しくされる方も。私の場合は自分が読むリズムに合わせて言葉を選んでいるようです。「ようです」と言ったのは、私の場合は祝詞を作る際に、何も考えずに頭に浮かんだ言葉を書き記していくからです。


ーそれは不思議な感じですね。訓練のようなことはするのですか。


特に大学などでは教えませんので、延喜式・日本書紀・続日本紀や他の神社さん、神職さんが読んでいるもので自分が使えそうなものを参考にしています。勿論玉前神社にあるものも見ていますが、祝詞を作る時はとにかく「無」になりますね。写経の経験がお有りの方なら何となくご理解できるのではないでしょうか。


葉を豊かに広げる御神木と神楽殿。

ー最近では、一般の方でもお参りの際に祝詞を唱える方もいると聞きましたが。


はい。特に次にお待ちの方などいらっしゃらない場合など、唱えている方を拝見いたします。短いものでしたら暗唱できると思いますので、良いと思いますよ。私たち神社職員としては、神社に興味を持っていただくことは大歓迎です。また、ご本人も神社に行くことが楽しみになるのではないでしょうか。


ー参拝者の数は増えているとお感じですか。


はい。お陰様で玉前神社も参拝者の方が増えていると感じます。ここ最近は御朱印をお受けになる方も増えましたので、昔以上に神社に興味をお持ちいただけているのかなと感じています。もともとは神社や寺社は地域の集会場的な機能や精神的な拠り所でしたからね。また、最近はSNSメディアなどで色々な情報を得ることが可能になりましたから、県外など遠方からご参拝される方も増えていて、個人的には良い傾向だと感じています。


※聞き手:エモーションクリエイターズ 金子明彦(神社広報担当) 

※次回は神社参拝の際の心掛けなどについてお話を伺います。


※次回(第四話)の記事



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